「運動」は「脳」と「精神」に有効

「脳」に対する効果:記憶を向上

いよいよ「運動」の「脳」に対する効果についてご紹介します。

脳由来神経栄養因子(BDNF)というものがあります。

これは近年、脳研究のトピックとなっている生理活性物質です。

 

エリック・カンデルは、学習を繰り返すことで、脳のニューロン(いわゆる脳細胞)どうしの結合であるシナプスという部分が大きくなり、結合も強くなることを証明しました。

この変化に大きく関わるのが、脳由来神経栄養因子(BDNF)です。

脳由来神経栄養因子(BDNF)は、ニューロンの機能を向上させる作用があると共に、成長させる作用、そして存続させる作用を有しています。 

 

そして、なんと、「運動」は、脳の記憶に関わる部分である「海馬」で、この脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌を促進する作用があることがわかりました。

つまり、「運動」することにより「記憶」する力が向上する可能性がある、ということです。

 

また、最近の研究では、「運動」することにより、インスリン様成長因子(IGF-1)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF-2)などの分泌が促進することもわかりました。

 

これらが共同で作用することにより、「運動」は「脳にプラスの効果を与える」と考えられます。

「精神」に対する効果:リラックス効果

「運動」にはリラックス効果があります。

 その機序をご紹介します。

 

I. 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)

 「運動」をすると、心臓より、「心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)」が分泌されます。心房性ナトリウム利尿ペプチドは、血液中を流れ、脳付近に到達します。

そしてここで、血液・脳関門(BBB:brain blood barrier)という障壁を通過します。

 

ちなみに、この血液・脳関門(BBB)はかなり精密であり、多くの物質は通過することができず、ごく一部の物質だけが通ることができます。

もちろん、心房性ナトリウム利尿ペプチドは通過することができます。

 

血液・脳関門(BBB)を通過した心房性ナトリウム利尿ペプチドは、脳の海馬でニューロンに結合し、ストレスに関わるHPA軸(Hypothlamus;視床下部、Pituitary;下垂体、Adrenal gland;副腎)の活動を変化させることにより、鎮静効果を発揮します。

 

II. セロトニン

運動をすると、エネルギーを確保するため、脂肪を分解し、脂肪酸を生成します。

脂肪酸はさらに代謝され、エネルギー源となります。

この脂肪酸は脂溶性であるため、そのままの状態では血液中を流れることができません。

そのため、血液の輸送タンパク質であるアルブミンと結合し、血中を流れます。

 

しかし、輸送タンパク質であるアルブミンは、既に多くの脂溶性の成分と結合しています。

その1つが、必須アミノ酸の1つであるトリプトファンです。

つまりアルブミンが脂肪酸と結合した結果、トリプトファンが血液中に放たれることになります。

 

血液・脳関門(BBB)は脂溶性であれば通過しやすいため、脂溶性のあるトリプトファンは脳に入り、そこでセロトニンの原料となります。

セロトニンは、別名「幸せホルモン」ですから、セロトニンが多く分泌されれば、リラックスすることになります。

また、脳由来神経栄養因子(BDNF)自体が、セロトニンの分泌を増やす作用があります。

 

III. ドーパミン

運動が習慣化されると、脳のドーパミン系に以下の変化が生じます。

  • 脳のドーパミン貯蔵量が増えます。
  • ドーパミンを産生する酵素がより生成されます。
  • 脳のドーパミンの受容体の数が多くなります。

つまり、運動が習慣化されると、脳はよりドーパミンの影響を受けるようになる、ということになります。

 

では、ドーパミンの役割とはなんでしょう。

まず、ドーパミンは、「運動調節」にかかわっています。有名な病気で、パーキンソン病というものがあります。

これはドーパミンが不足することにより、振戦、固縮、無動など運動に障害が起きる病気のことです。

 

このほか、ドーパミンは、「快」の感情を司ります。

「快」とは、「幸せ」とか、「満足感」・「達成感」などの「気持ちいい」感情のことです。

また、ドーパミンは、意欲・向上心・モチベーションを高め、記憶・学習能力を向上します。

 

つまり、「運動」により、ドーパミンの作用が高まることにより、「快」の感情がうまれ、意欲・向上心・モチベーションが高まり、記憶・学習能力が向上するということです。

 

すごく良いことですね!しかも、副作用はありません。

まさに「運動」は「最上の薬」といえます。

 

これらの内容を下の表にまとめます。

 

IV. 「心理学的仮説」

これまでにお伝えしたように、運動により、心房性ナトリウム利尿ペプチド、セロトニン、ドーパミンなどが分泌され、それによりリラックス効果がもたらされます。

このほかにも、運動によるリラックスが考えられており、それが「心理学的仮説」です。

これには、「気晴らし説」と「社会的相互作用説」があります。 

 

「気晴らし説」とは、字のごとく、運動中は嫌なことストレスなることを考えないため、気晴らしになり、結果、リラックスする、という説です。

 もう1つの「社会的相互作用説」は、他者と運動を行うことにより、コミュニケーションや共感などが生まれ、その結果として精神状態が良くなる、という説です。

 

どちらもちょっと味気ないですね。

運動の効果は、心房性ナトリウム利尿ペプチド、セロトニン、ドーパミンなどがメインでしょうね。

 (『体を動かすと心が変わる』、星雲社、2015年のデータを一部改編)